新任勤め人のつぶやき第4回『緊急事態です！』 つぶやき足りないのでもう少し
3⃣ 『自立への歩み』 
それから、僕が教具室から発掘した箱の中味は、ほとんどが手作りされた教具や研究資料でした。
デジカメもパソコンもなかった時代に、一枚ずつ丁寧に手描きで作られた、なんとも言えない味のある絵カード。
何度も試行錯誤を繰り返し、現在の教具へと変遷してきたことが窺える研究の跡。
先代の所長をはじめとして、僕自身は直接お目にかかったこともない方々が取り組んでこられた仕事のおかげで、現在を生きる僕が、いまここに立っていられるのだと感じました。
僕は、たった今紐解いたばかりの歴史を、ひとつひとつ包み直して、そっと教具室に戻しました。
あれ？元に戻したの？
整理するんじゃなかったの？
そうなんです。全部、戻しちゃいました。
だから、整理をする前と後で、教具室の見た目は何ひとつ変わっていません。見事な元どおりです。
でも僕にとっては、それまでとは全く違う景色へと変わっていました。
自分の職場でありながら、それまでは何があるのか全く分からなかった場所について、僕はどこに何があるのかを理解することができたのです。
今ならセンターの誰よりも、僕がいちばん詳しいと言えるほどです。
環境を知ることは、適応への第一歩です。
その後の僕は、相変わらず箱だらけの教具室を、用もないのに眺めては、にやにやしています。
これからはもう「これは、どこにありますか？」なんて誰にも尋ねなくたって、必要な物は自分でさっさと取り出せます。
それどころか所長が「あれは、どこだっけ？」とつぶやこうものなら、すかさず「ここです！」とご所望の品を、鼻息も荒く、差し出すことだってできそうです。
僕は環境を「知る」ことで、自分でできることが増えました。
自分のできることが、人の役に立つ可能性を感じることができました。
「知る」ことがとてもおもしろくなって、もっと知りたいと思うようになりました。
そんなふうに自分が変わったことが嬉しくて、誰かに自慢してみたいような、どこかくすぐったい気持ちにもなりました。
僕はここで生きていけそうな気がする。
大げさに聞こえるかも知れないけど、僕にはそう思えました。
僕は今、ようやく、ここを自分の居場所として生きていく、そのスタートラインに立てたのかもしれません。
そして、もしかしたら、子どもたちが自分を取り巻く世界を知ったときも、こんなふうに感じるのかもしれない、とも思いました。
だとしたら、導く者として僕らが子どもたちを導く先は、この社会で自らの居場所を見つけ出し、集団の中の個として「生きる力」なのではないか。
何気なく始めたはずの教具室整理を終えたとき、僕はここに辿り着きました。
つぶやき足りないのでもう少し
九州幼児教育センター